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沖縄の赤瓦は、台風対策から生まれた景色

編集:365おきなわ編集部
沖縄の赤瓦は、台風対策から生まれた景色
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赤瓦とは、沖縄の伝統家屋に使われる、クチャ(泥岩)を焼いた赤い瓦です。 よく「琉球石灰岩を含む粘土」と紹介されますが、県工業技術センターの原料調査では、本島南部一帯で採れるクチャ(黒色や灰色の泥岩=海洋性堆積物)が瓦の主原料です。砕いた石灰岩の石粉は、在来瓦の下地に使われます。赤い面そのものは、クチャを酸化焼成した色です。

この記事の要点

  • 赤い面の主原料は琉球石灰岩ではなく、南部で採れる泥岩「クチャ」。石灰岩の石粉は下地用
  • 継ぎ目を漆喰で固めるのが台風対策。白い線と赤い面のコントラストを生んだ
  • 庶民の家に広まったのは明治22年(1889)の瓦屋根解禁以降
  • 再建中の首里城正殿も、クチャ7・赤土3の配合で約6万枚を県内製造

漆喰で固める理由

沖縄県赤瓦事業協同組合によると、瓦は雄瓦と雌瓦を組み合わせ、継ぎ目を漆喰で塗り固めて耐震・耐風性能を高めています。漆喰は生石灰とわらが材料です。台風で瓦が飛ばないようにする実用の工夫が、白い線と赤い面のコントラストという景観を生んできました。瓦を施工したあと、厄除けとして屋根や門にシーサーを置くことも、同組合が製品として扱っています。

瓦の色も、もともと一色ではありませんでした。組合公式は、灰(黒)瓦が寺社や王侯の城に使われ、今目にする赤いシマガーラは酸化焼成の瓦だと説明しています。首里城公園の解説では、400〜500年前の正殿は板葺きで、1660年の火災後に瓦が使われ、発掘される古い瓦は灰色、赤い瓦は1715年の再建以降と整理されています。低温で焼いて薪を節約した、という技術的な事情も残っています。

庶民の家に赤瓦が広まるのは、明治22年(1889)の瓦屋根解禁以降です。産地は与那原へ移りました。王国時代の集落が、今見るような赤い屋根ばかりだったわけではありません。

竹富島と、しまくとぅばの「やーぬうぃー」

竹富島は1987年に重要伝統的建造物群保存地区に選定され、文化庁は「琉球赤瓦葺き漆喰塗りまたは茅葺の寄棟屋根」と集落を説明しています。竹富町も、琉球石灰岩の石積みと赤瓦・茅葺き家屋が島の景観だと案内しています。ただし島の赤瓦屋が確認されるのは1905年以降で、1960年代にも茅葺きが残っていた、という研究もあります。王国の絵葉書のような赤瓦通りは、比較的新しい集落の姿でもあります。

しまくとぅばでは、本部町伊豆味の単語帳に「やーぬ うぃー ▶ 屋根」「かーら ▶ 瓦」とあります。屋根を「家の上」と呼ぶ言い方です。赤瓦専用の語というより、家を見上げるときの言葉です。

集落を歩くときは私有地に入らず、道路や公開された場所から眺めてください。朝や夕方は光が柔らかく、漆喰の白い線がはっきり見えます。赤瓦は観光用の装飾ではなく、クチャと漆喰と台風が作った屋根です。

葺き方の部材名と、首里城の赤瓦づくり

葺き方を部材名で見ると構造が分かります。赤瓦事業協同組合の用語では、平板を少し反らせた形の「女瓦(ミーガーラ)」を並べ、その継ぎ目の上に半円筒型で一端に玉縁のある「男瓦(ウーガーラ)」を被せます。下地には石灰岩を砕いた石粉(いしぐ)を敷き、瓦同士は漆喰で固定します。焼成温度は約1000℃で、赤い色は主原料クチャに含まれる鉄分が酸化焼成で発色したものです。県工業技術センターの原料調査では、瓦に適したクチャの地層の条件として強度が大きく吸水率が低いことが挙げられ、赤瓦は「夏はすずしく、冬には暖かい」屋根とも紹介されています。

再建中の首里城正殿でも、同じ考え方の瓦づくりが進みました。内閣府沖縄総合事務局の資料によると、正殿の赤瓦はクチャ7に赤土3の配合を基本に、焼成済みの素材を砕いたシャモットを数%混ぜ、県内3工場で計約6万枚が製造されました。焼成試験では、色味に加えて吸水率12%以下といった品質が確認されています。首里城の赤は、伝統の配合を現代の品質管理で再現した色でもあります。

参考資料・出典

沖縄県工業技術センター「赤瓦屋根を未来へ継承するために」:原料はクチャ。

沖縄県赤瓦事業協同組合「製品紹介」:クチャ、石粉、漆喰、雄雌瓦、シーサー。

沖縄県赤瓦事業協同組合:灰瓦と赤瓦、明治22年の解禁。

文化遺産オンライン「竹富町竹富島」:重伝建と赤瓦・茅葺。

沖縄県しまくとぅば普及センター「くとぅば たんごちょう」(本部町伊豆味):やーぬ うぃー=屋根、かーら=瓦。

内閣府沖縄総合事務局「首里城復興基金による赤瓦の県調達について(資料5)」:正殿赤瓦の配合はクチャ7・赤土3にシャモット5%、焼成温度は工場1,000度設定で試験。

内閣府沖縄総合事務局「首里城復興基金を活用した検討状況(資料5)」:正殿赤瓦の本製造は県内3工場で計約6万枚、シャモット配合量の調整。

よくある質問

Q. 赤瓦の原料は琉球石灰岩ですか?
赤い面そのものは違います。県工業技術センターの原料調査では、本島南部一帯で採れるクチャ(黒色や灰色の泥岩=海洋性堆積物)が瓦の主原料で、赤い色はクチャに含まれる鉄分を酸化焼成した色です。砕いた石灰岩の石粉は、在来瓦の下地に使われます。
Q. なぜ漆喰で固めるのですか?
台風で瓦が飛ばないようにするためです。沖縄県赤瓦事業協同組合によると、瓦は雄瓦と雌瓦を組み合わせ、継ぎ目を漆喰で塗り固めて耐震・耐風性能を高めています。漆喰は生石灰とわらが材料で、この実用の工夫が、白い線と赤い面のコントラストという景観を生んできました。
Q. 赤瓦はいつから庶民の家に広まりましたか?
明治22年(1889)の瓦屋根解禁以降です。それ以前、灰(黒)瓦は寺社や王侯の城に使われていました。首里城公園の解説では、正殿は1660年の火災後に瓦が使われ、赤い瓦は1715年の再建以降と整理されています。王国時代の集落が、今見るような赤い屋根ばかりだったわけではありません。
Q. 首里城の赤瓦も同じ作り方ですか?
同じ考え方です。内閣府沖縄総合事務局の資料によると、再建中の正殿の赤瓦はクチャ7に赤土3の配合を基本に、焼成済みの素材を砕いたシャモットを数%混ぜ、県内3工場で計約6万枚が製造されました。焼成試験では、色味に加えて吸水率12%以下といった品質が確認されています。