沖縄の城跡はなぜ白いのか ─ 世界遺産グスクと「サンゴがつくった石」

沖縄の城跡が白いのは、城壁の石がサンゴ礁からできた「琉球石灰岩」だからです。 世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」(2000年12月登録)に含まれる今帰仁城跡や座喜味城跡、中城城跡。
この記事の要点
- 琉球石灰岩はサンゴや貝などの死骸が固まった石で、地殻変動で隆起して陸に上がったもの
- 石積みの城が本島中南部に集中するのは、近くで石材が確保できたから
- 軟らかく加工しやすい石だからこそ、野面積み・布積み・相方積みへ技術が進化した
- 例外もある。今帰仁城は硬い古期石灰岩、久米島には安山岩の城もあるその城壁を見上げると、白く細かい凹凸に覆われた石が積み上げられています。首里城の緩やかにカーブする城壁も、同じ素材から生まれた曲線です。実はこの石、サンゴ礁がそのまま陸に上がった「生き物がつくった石」なのです。なぜ沖縄の城は石灰岩でできているのか、その理由を地質と歴史の両面からたどります。
理由① ─ 沖縄は「隆起サンゴ礁の島」だから
琉球石灰岩は、サンゴや貝、石灰藻、有孔虫など、硬い骨格を持つ海の生物の死骸が海底に堆積し、固結してできた岩石です。沖縄島に分布する石灰岩には、約130万年前以降に形成された琉球石灰岩と、本部半島に分布する古生代の古期石灰岩の2種類があります。本来サンゴ礁は海面下で形成されるものですから、それが陸上にあるということ自体が、地殻変動による隆起の証拠です。沖縄は「隆起サンゴ礁の島」と呼ばれる所以です。
琉球石灰岩は沖縄本島の中南部を中心に広く分布し、台地と急斜面からなる起伏をつくっています。海辺の断崖や道路脇に見える白い岩肌もその姿で、鍾乳洞の玉泉洞も、この石が雨水に溶かされてできたものです。城を築こうとした場所の近くに、石材が至る所に露出していた──これは城造りにとって決定的な有利さでした。
理由② ─ 石積みの有無は「石材が確保できるか」で決まった
琉球列島にはグスクと呼ばれる遺跡が300か所以上分布しますが、高くそびえ立つ石積みを持つグスクは、主に沖縄本島中南部に集中しています。沖縄県立博物館・美術館の学芸員は、この理由を「石材が周辺にて確保できるか否か」に求めます。琉球石灰岩は沖縄本島中南部や宮古島、与論島、沖永良部島などに広く分布しており、石積みを持つグスクが多いのはこのためです。
逆に石材事情が異なる地域では、城も異なる石で築かれました。今帰仁城跡の城壁には、琉球石灰岩よりずっと古く硬い古期石灰岩が使われています。灰色で堅牢なこの石はこの地域でしか採れず、城の現地と付近から採石されました。層状に形成される石のため、層に沿って割り、板状に粗加工して横方向に目地を通して積む独特の石積みが見られ、標高90〜100mの丘上に築かれた城壁は高さ3〜8m、長さ1.5kmにも達します。また久米島では、加工しない安山岩を積んだ塩原グスク、板状に粗加工した安山岩を積んだ宇江城グスク、琉球石灰岩と安山岩を併用した具志川グスクが見られます。沖縄全域が石灰岩一色ではない──だからこそ、「石材が近くにあったから石灰岩の城になった」という立地の論理が浮かび上がります。
理由③ ─ 軟石だから削れる。そして技術が進化した
琉球石灰岩は軟石系で、加工が容易とされます。首里城を頂点とした沖縄のグスクはそのほとんどが琉球石灰岩を主体とした石積みで、岩石としては軟岩に分類されます。12〜13世紀頃から中南部のグスクで石積み用材として使われ始め、14世紀中頃からは石材加工技術の発達とともに供給量も増え、石材同士を精緻に組み合わせて高く積み上げられるようになりました。
積み方の技法も進化します。グスクの石積みは大きく3種類に分かれます。自然の石をそのまま組み合わせる「野面積み」、直方体に加工した石を一段ごとに高さを揃えてブロック状に積む「布積み(別名・豆腐積み)」、石を多角形に加工して互いに噛み合わせる「相方積み(別名・亀甲乱積み)」です。
この変遷を一目で見られるのが中城城跡です。南の郭には野面積み、一の郭・二の郭には布積み、そして護佐丸の時代に築かれた三の郭と北の郭には、強度と耐久性に富む相方積みが残ります。同じ琉球石灰岩でありながら、時代とともに石の使い方が変わった様子が、そのまま城壁の歴史になっているのです。
石同士の噛み合わせを調整しながら据えていくこの積み方は、石材が軟らかく削れるからこそ可能になったもの。高さ10mを超える石積みが立ち上がっているのは、個々の石材の噛み合わせの巧みさと加工技術の向上の結果です。県立博物館の学芸員は、こうした石積み技術が14世紀中頃から15世紀前半にかけて沖縄本島で発達したもので、当時の日本列島や中国大陸では見られない技術だったと指摘しています。
軟石で加工しやすいという性質は、防御面でも活かされました。座喜味城跡では、1420年頃に名将・護佐丸が完成させた城壁に、石をかみ合わせて積み上げる相方積みと布積みが用いられ、沖縄に現存する最古のアーチ門では、門の強度を高めるために中央部にクサビが打ち込まれています。加工しやすい石だからこそ実現した、他の城に見られない構造です。
どこで見られるか
三つの積み方を一度に見たいなら中城城跡。精緻なアーチ門なら座喜味城跡。硬い古期石灰岩の雄大な城壁なら今帰仁城跡(那覇空港から車で約2時間45分)──いずれも世界遺産の構成資産です。首里城の城壁にも琉球石灰岩が使われているので、国際通りの散策のついでに立ち寄るのもおすすめです。城壁を間近で見ると、石の表面にボコボコとした穴が見えます。これは風化ではなく、琉球石灰岩がかつてサンゴだったときの名残で、地表近くから採石した石ならではの痕跡です。「この一つひとつの石が、かつて海で生きていた生き物たち」──そんな思いで城壁を眺めてみてください。600年前の海と王国が、目の前に蘇るはずです。
参考資料・出典
文化遺産オンライン「琉球王国のグスク及び関連遺産群」:2000年12月登録、珊瑚石灰岩の城壁。
沖縄県立博物館・美術館「グスクの石積みについて①」:石材の有無、琉球石灰岩と古期石灰岩、12〜13世紀からの使用、14世紀中頃からの加工技術、久米島の安山岩。
産業技術総合研究所「沖縄島南部,琉球層群基底の糸満層とその年代」:琉球層群基底の堆積年代が約130万年前。
中城城跡「石積みについて」:野面積み、布積み(豆腐積み)、相方積み(亀甲乱積み)。
国土交通省 多言語解説「外郭(今帰仁城跡の石材)」:灰色の硬い古期石灰岩、現地と付近からの採石。
よくある質問
- Q. 沖縄の城跡はなぜ白いのですか?
- 城壁の石が「琉球石灰岩」だからです。サンゴや貝、石灰藻、有孔虫など、海の生物の死骸が海底に堆積して固まり、地殻変動で隆起して陸に上がった石で、白い色はサンゴ由来の炭酸カルシウムの色です。
- Q. 琉球石灰岩とはどんな石ですか?
- 約130万年前以降に形成された、サンゴ礁由来の石灰岩です。沖縄本島の中南部を中心に広く分布し、鍾乳洞の玉泉洞も、この石が雨水に溶かされてできたものです。岩石としては軟岩に分類され、加工しやすいのが特徴です。
- Q. なぜ石灰岩が城の石材に選ばれたのですか?
- 城を築く場所の近くで確保できたからです。沖縄県立博物館・美術館の学芸員は、石積みを持つグスクが本島中南部に集中する理由を「石材が周辺にて確保できるか否か」に求めています。軟らかく削れるため、石同士を精緻に噛み合わせる積み方も可能になりました。
- Q. 石灰岩でない城もありますか?
- あります。今帰仁城跡の城壁には、琉球石灰岩よりずっと古く硬い古期石灰岩が使われています。久米島では安山岩を積んだグスクも見られます。沖縄全域が石灰岩一色ではなく、地域の石材事情が城の姿を決めたのです。


